若き海洋学者をテレビで見て
林さんという方でした。夜中の12時過ぎの放送であった様に思います。30代と思われる方で、自らの信念のままに体ごとぶつかりながら自己表現している様は、感動を得ずしてテレビを見ている事すら許されないような気持ちにさせてくれました。自分の30代を振り返りながら、30代の行動力をうらやましくも思いました。
彼は子供の時から海にもぐり海岸線で遊びながら育ったようです、ですから海への愛着が人一倍大きいのであろうと思います。自然にはぐくまれた自分の感覚を仕事にしていくのに、何のためらいもなかったであろう事は想像にたやすい事です。大学も水産学部に進んだようです、成績も大変に優秀のようでした。
どのような経過で現在にたどり着いているのかまでは放送ではわかりませんでしたが、現在はキャンピングカー(と言ってもお粗末な物でしたが)で生活しながら、海岸線をもぐりビデオ撮影し汚染の調査をしていると言うのです。いつも海岸線を移動しながら海にもぐるには自動車が一番便利だと言うのです。
もっと驚いたことにこの調査の費用を作るために、家も売ってしたったと言うではないですか、そこまでのめりこんでいく勇気と情熱に現代の仙人の姿を感じました。海洋学と言うものに取り付かれ、これをもはや信仰に変え、この宗教を布教するお坊さんのような感じさえしたのです。
彼は自ら取ったビデオなどを整理保存するだけでなく、人の集まる所へ出かけてはビデを見せ汚れの実態を説明するのです。それが小学校であったり町の公民館であったり、そのわずかばかりの公演料が収入だと言うのです。当然足りるはずはありません、家を売っても未だに1000万ほどの借金があると言うのです。
彼の公演もじつにユニークなもので大変に説得力のあるものでした。生まれたばかりの亀の赤ちゃんが人の捨てたゴミが邪魔をして、海に戻れないでいる様をビデオで見せるのです。海岸線近くの海の中がいかにヘドロが多く汚染されているかと言う事も見せるのです。映像を見せ人の視覚に訴える心ある話し方でした。
彼も以前は、そういった海の汚れと言うものに対して、目をそむけていたと言うのです。きっと大学の教室という部屋の中で分厚い本を読みながら、頭の中だけで海洋学を学んでいたのだろうと想像します。多くの学者と言うものはそういった形で論文を書き、本から得た知識に肩書きをつけ生きていくものであろうと思います。
その生き方に満足出来なかった彼の心は、少年時代にいそしんで接した海岸が生み育てたものだろうと思います。それが海の汚れというものから目をそむけてはいられない心を育んだのであろうと思います。彼の言葉によると自分の心に嘘をついていたと言うのです、それが今は正直になれたと、素適な顔でいうのです。
彼の公演も又正直なものでした、呼んでくれた人に対しお世辞もなければ媚びもありません。海に飛行場を作る以前に海は汚されていると、人の生活排水や捨てるゴミが海を汚すのだと。それはビデオを見せながら彼が話す姿は学者の風体は無く、本当に海の好きな一人の好青年という感じでしかあません。
面白いたとえ話をしていました。我々の食べ残りはプランクトンにとっては大変な栄養なのだそうです、9割引きのバーゲンセールに群がる奥さん方のようなものでしょう、あまりに一斉に群がるものだから、そこでプランクトンが窒息死してしまう、それが赤潮だと言うのです。
又関西国際空港が海の中に埋め立てて作られましたが、その周りをもぐったのです。驚いた事に魚がけっこう泳いでいるではないですか、人工的に作った岩礁にワカメやその他の海藻類をわずかではありますが、植えたらしいのです。それがかなりの量に増えその周りに色んな生き物がいるようなのです。
人口的なものが上手く成功して自然と噛み合っている様なのです。そのデータを持って名古屋の沖に空港を作ろうとしているプロジェクトチームに会いに行き、それを説明してぜひそのような方法で作ってくれるよう、頼みに行っている訳です。その辺の行動力も又魅力の一つでした。
いいものはいいと言ってすぐ行動するあたりはさすがに若者らしく、ただ単に海の上に作るものを反対するだけでなく、その実態を自ら調べて行動するあたりは、見上げたものでした。人間と自然との調和をいかに図るかと言う事を、本当に考えているように思えたのです。
彼の心の中で、海岸線の自然の実態を人は知らなすぎる、多くの人がその実態を知り、自分達の生活をどのようにすべきかを考える必要がある、と言っている様に感じました。そのために知らせる必要がある、それが今の自分の使命なのだと。その生き方を見つけた心があの豊かな表情に表れているのであろうと。
私が30代の頃、歯医者で歯ブラシの使い方の指導をし、自分の体は自分で守らねばならないのだ。と半分患者さんにケンカ腰で言っていた事を思い出しました。人間の体から地球の体に健康管理が変わっていったのかもしれません。それが30年という月日の流れというものかも知れないと思った次第です。
そうして自分個人の利益から離れて社会全体のために行動できるのも、30代という人生で最も行動力のある時期なのかも知れないと。その行動の真っ只中にいる時は貧乏などと言う事はどうでもいい事なのでしょう、それがろくな物も食べずにいても平然として、豊かな潤いのある顔をして生きている姿であるのだと。
彼は言うのです。私のやっている事は楽しい自己満足です。もっと多くの人が自己満足をしてくれればいいと。それが豊かな環境を作ると言うのでしょう、いつの日か林青年とお会いする機会もあるかも知れませんが。現在は口の中を不潔にしている人はほとんどいませんが、30年前はひどいものであったという事です。
貴方のような人がいれば地球もきっと改善するでしょう、知るという事の力はかなりのものです。ただ根気よく多くの時間をかけながら言い続ける事でしょう。まさにこれこそ「継続は力なり」だと思います。